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富士山にのぼった人が帰ってきて、
近所の人にその話をしました。
富士山から見る景色は最高でしたよ、と話すと、
近所の人は、
「うちの物干しは見えましたか?」
と尋ねました。
相手は怪訝な顔をして、
「いや、お宅の物干しは、みえないですねえ」
と答えると、近所の人はこう言いました。
「おかしいなあ、うちの物干しからは、
富士はみえるんですがね」
これは、落語の小話です。
富士山から、江戸の物干しが見えるわけはないのですが、
江戸にいる人からすれば、
自分の家の物干しからは確かに、
富士山のてっぺんが見えるので、
おかしいな、とおもったわけです。
なぜ、こちらからは見えるのに
あちらからは見えないのか。
ちょっと考えればすぐに、
それは、もののスケールを無視しているからだよね、
と解ります。
でも、このご近所の人の「感じ方」には、
どこか、「ムリもないなあ」という部分があります。
私自身、以前マニラに旅行したとき、
「日本では、どんなフィリピンのテレビ番組をやっていますか?」
と聞かれたことがあります。
フィリピンでは日本の番組をたくさん放映しているそうで、
その人は、
「日本でも同じように、フィリピンの番組をやっているのだ」
と考えたわけです。
なるほど、と思いました。
こちらから見えていれば、あちらからも見えるはずだ
という感覚が、人間には備わっているのだな、と思いました。
2016年、魚座の人は
言わば「富士山の頂点に登っている」ような状態にあります。
ずっと苦労して歩き続けてきて、
今いる場所に立っているわけです。
一方、あなたは「近所の人」のような視野に立つことも出来ます。
物干し台から、富士山の山頂を見ているのです。
もとい、この
「近所の人の物干しから、どう見えるか」
という情報は、
誰か他の、あなたに深く関わる人がくれるものなのかもしれません。
ある人が苦労して、有名な学校に合格したのに
親戚にそのことを伝えると、
親戚はその学校を知らなかったので、
ちっとも褒めてくれなかった、というような話を聞きました。
そんなふうに、
心から憧れてのぼり詰めた場所について、
実際の「他者」がどう受けとるかというと、
その受け取り方は実に様々です。
場合によっては「富士山と物干し」のように、
全くナンセンスなやりとりになってしまいますが、
もしかすると、
富士山のような高い場所に上り詰めたときほど、
色々な立場にいる「他者」がどのようにそれを受けとるか、
ということには、
意外に、得るものが多いのではないか
という気もします。
目指していた場所に立った時、
私たちは「他者との、一対一の対話」を
むしろ、必要とするものなのかもしれません。
相手は、
「自分から見えているのだから、
向こうからも見えているだろう」
と思っているかもしれません。
それなのに、
あなたのほうからはちっとも相手が見えていなかったら
どうでしょうか。
話をすれば、そのことが確認できます。
でも、もし話さないままなら、
そこに、溝ができます。
更に言えば、頂点を目指していたときに見えていたものが、
頂点に立ってしまえば、見えなくなります。
頂点からは見えないものを
誰かが教えてくれるならば、
視野が完全に変わりきってしまうことはありません。
天地のあいだを自由に飛翔する天使のように、
あらゆる角度から物事をみる自由を確保できます。
「自分がどこにいるのか」ということを
立ち位置という制約を超えて、
いつも、リアルに感じ続けることができます。
2015年から2016年にまたがって、
魚座の人はかなり「高い場所」に立っていると思います。
ずっと目指していた山頂のような場所に立っている人もいるでしょうし、
社会的に重い責任を背負ったり、
ある種のプレッシャーを感じている人もいるかもしれません。
高所に立つと、不安を感じたり、
酸素が薄くて息苦しくなったりしますが
それと同じように、目指していた高見に到達すると、
そこに特有の「荷の重さ」を感じることになります。
そんな中、
2016年は、「人」に恵まれます。
この時期出会い、あるいは関わってくれる「人」は、
あなたを受け止めると同時に、
あなたがどんなふうに見えるか、
今のあなたがみんなから見てどこに立っているか、などを
教えてくれるだろうと思います。
この時期のあなたと関わってくれる人は
しんせつなサポーターであると同時に、
精密で優しい鏡のような存在でもあるのです。
あなたの今の姿を映し出して、
「その先」に向かう勇気をくれます。
あなたもまた、その人に対し、
様々な形で力を貸したり、導いたりすることができるのです。
2016年、公私ともにパートナーを得る人が多いでしょうし、
他の人間関係も、大いに盛り上がるでしょう。
そこで、あなたはただその関わりを楽しむだけでなく、
自分がいまいる場所や、自分の姿や、
これから向かって行くべき場所を、
問いかけていくことになると思います。
自分から人に働きかけ、会いにいき、
手を伸ばして関わりを「結ぶ」場面もたくさんあるはずです。